タマムシシティの池

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世代間比較について

Twitter上でセミナーを受けていたのを自分の中で噛み砕いてまとめたの


根本的な話として
ポケモンは世代が変わると別のゲーム
ポケモンは初代からずっとひと続きのゲーム
という2つの意見がある。

前者は、対戦のシステムや、世界の変化、ハードの変化など、それぞれのポケモン世代は別のゲームであり、それらがつながっているという考え方。
後者は、初代から次のサンムーンに至るまで、一つのポケモンという作品の系列を通しているものと捉える考え方。


このような考え方は、他のゲームでも見られるが、その相違が議論をもたらすのは格ゲーやパズルなどのポケモン含めた対人ゲームだからこそといえよう。



まずここで、4→6の変化をそれぞれが別のゲームとして考える。
当然対戦環境におけるプレイヤーがイコールである時点は存在せず、SNS等も大きく変化している。

例えば、今現在においてバトレボにおけるパーティを残した記事、ガチ対戦を残した動画は数えるほどしかない。5,6世代とは大きく違いが存在する。

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もっとわかりやすく考えてみよう。例えば、現在の視点から初代環境について見てみる。当時の最強構築を見て、それが結論で間違いないと言えるだろうか。
当時はネットも黎明期で情報伝達の手段もなく、努力値振りも風のうわさ程度、個体値なんてみんな知らない。考察も個人でやるしかないという状況である。

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更に、現在の5世代について考える。
現在、5世代プレイヤー層がどうなっているかは言わずもがなである。
過去の一時点に関して言えば人は多かったが、過去の一時の環境を切り取ることはできず、現在から振り返る以外の方法はない。そして、現在時点でそれらの視点を持っている人間の数は当然少数であり、比較に値する材料が不足していると言わざるをえない。
あの時ああだったという不安定な記憶と、現在見てこうであるというものに大きな隔たりがあるのは言わずもがなである。


以上の3つの例を見れば分かる通り、隔たりのある世代間においては比較のためのその他の条件の一致ができない。同一の思考過程を持って結果が提示されないからである。
旧世代も現行で考えるプレイヤーが居るが、環境は人数が少なく、比較する状況ではない。

一方、大抵において隣り合った世代であれば、外部環境が大きく変化せずに双方を見ることができる期間が存在するので、比較が可能である。しかし、当然ながら時間が経ってSNSやプレイヤー等が変化すると、それらも比較することはできなくなる。条件の一致が不可能となるからである。


一方、ポケモンというコンテンツを一続きのものと見る場合。「プレイヤー」がどうポケモンを使うのかは連続性を持っている。例えば初代から実践であり続けたプレイヤーを一人切り取って世代ごとにどのように立ち回りを変えてきたか、どのようにポケモンへの捉え方を変えてきたか。これは比較できる要素である。
これは、一個人であるがゆえに生まれる連続性である。同時に、個人のものでしかないため、普遍化しての考察ができない。「あるプレイヤー」が「過去を振り返って」「あの時どうしたか、この時どうしているか、今どうなのか」を述べるにすぎない。故に不完全な憶測、思い出しが混ざっても語ることができるが、あくまで「思い出話」でしかないということは留意しなければならない。


結局のところ、別のゲームとして見るか一つのゲームとして見るかで変わると思うのだが、ポケモンの対戦だけを見るなら明らかに別のゲームとして捉えるべきである。
他ゲーで言うなら
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これと
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これじゃあ完全に別のゲームだよなあって
根本のシステムが一緒でも、様々な要素が追加されてゲーム性が別物になっているのだから、別のゲームですよね。


で、怒られたことですが、自分のバトレボと6世代に関するブログの書き方も個人の変化というより環境そのものがどうこうという書き方なのでやっぱりまずかったですね。ここで謝罪をさせていただきます。